印傳屋「甲州印伝」—手の中に宿る、漆と鹿革の品格。
甲府の町で四百年以上受け継がれてきた「甲州印伝」。印傳屋は鹿革と漆で文様をあしらう日本独自の革工芸を磨き上げてきた老舗である。ふわりと吸い付くような鹿革の肌理、指でなぞると仄かに盛り上がる漆の艶、そして使い込むほど深まる色味。財布や小物入れ、名刺入れ、巾着まで、日常の所作に静かな格を添える道具が並ぶ。皇室ゆかりの品格を感じさせる慎みと、現代の暮らしに寄り添う機能美の両立——それが印傳屋の価値であり、「日本の伝統」「老舗ブランド」を探す人が辿り着く答えでもある。

戦国から令和へ——甲州の手と漆が編む四百年史。
印伝の源流は、戦国末から江戸初期にかけて甲斐の地で育まれた鹿革文化にある。鹿革は軽くて強く、刀傷にも耐えることから武具・装束に重用され、甲州の職人はその革に漆で文様を置く独自の意匠を磨いた。江戸に太平の世が訪れると、甲州から江戸へ物資が流れ込み、実用一辺倒の革は「美を纏う革」へと変貌する。鹿革に型紙を当てて漆をおく「漆付け」は、乾くと艶が立ち、文様が指先にわずかな段差として残る。唐草、青海波、菱、七宝、市松——武家の美意識と町人の洒脱が交わる江戸文化の中で、印伝は小粋な嗜みとして広がっていった。甲府の印傳屋はこの技を家業として守り、献上の品に携わるほどの信頼を得る。明治の近代化は素材と市場を大きく揺さぶった。輸入革や化学染料が流入し、洋装化の波が押し寄せるなか、印傳屋は鹿革と漆という日本の文脈に立ち戻り、「和をまとった実用品」としての革小物へ活路を見出す。文箱や巾着から、札入れ、名刺入れ、煙草入れへ——暮らしの道具が変わっても、手の感触を軸に設計する姿勢は変わらない。昭和の戦中戦後は、革と漆の調達すら困難になる。職人は型紙と道具を抱えて難を逃れ、戦後、甲府の町が立ち上がるのと歩調を合わせて工房も火を入れ直す。高度成長期、量産の合成皮革が市場を席巻しても、印傳屋は漆の艶と鹿革の呼吸にこだわり続け、「長く使って育つ革」を語り直した。平成に入ると、伝統工芸は一転して時代の追い風を受ける。大量消費の疲れを感じた消費者が「本物」を求め、印伝はギフトやビジネス小物として再評価される。デザインは伝統文様を基調にしながらも、洋の装いにも合う抑制の効いた配色へと更新され、海外の美術展や百貨店催事でも紹介されるようになった。令和の現在、印傳屋は天然素材の安定調達と環境配慮に取り組みつつ、職人の手業を中心に据える姿勢を崩さない。漆は温湿度に敏感で、季節により粘りが変わる。だから型置きの力加減も日々違う。機械化で置き換えられる工程があっても、最後に品格を決めるのは人の指先だという思想が息づいている。皇室ゆかりの儀礼にふさわしい静謐な佇まいを保ちつつ、日常で誇りなく使える堅実さを備えた印伝は、甲府の空気と職人の呼吸を宿した「日本の手仕事の証明」であり続けている。

出典:印傳屋

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鹿革×漆の技法——触れる文様、育つ艶。
印傳屋の甲州印伝は、まず選び抜いた鹿革の吟味から始まる。繊維の絡みが細かい上質な革は軽さと復元力に優れ、手に持つと吸い付くような独特のしっとり感がある。そこに伊勢型紙の流れを汲む精緻な型を当て、漆をヘラで置く。漆は乾くにつれわずかに立体感を生み、文様の輪郭が手の記憶として残る。漆黒に近い濃色の地に小紋を散らすと、遠目には静かで近くで語る印象に、明色の地には深い艶が灯り、光を柔らかく返す。経年で革は馴染み、漆は鈍色に落ち着き、使い手ごとの表情に育つ。日本の礼節にかなう控えめな華やぎ——それがこの技法の到達点である。

出典:印傳屋

出典:印傳屋
日常を整える道具学——財布、名刺入れ、巾着、小物入れ。
印傳屋の製品は、使い道から逆算して設計される。札入れは手のひらに馴染む厚みに抑え、角の取り方を滑らかにしてスーツの内ポケットの滑りを良くする。名刺入れは取り出し口に微細なアールを設け、名刺の角が引っかからない。巾着や小物入れは紐の滑りを計算し、開閉の所作が静かに決まる。内装は布と革の貼り合わせを最小限にし、軽さと強度を両立させる。文様は青海波や菱、紗綾形といった吉祥柄が中心で、贈答にふさわしい意味を添えられるのも美点だ。皇室ゆかりの場にも違和感なく持てる端正さと、日常で気負いなく使える実用性——その二律背反を、印傳屋は「重さではなく所作で格を出す」思想で解いている。

出典:印傳屋
「静かに美しい」——老舗ブランドの哲学と贈り物の作法。
印傳屋が一貫して大切にするのは、主張ではなく余白で語る美だ。文様は細かく、配色は抑制的に、仕立ては過不足なく。袖口からちらりと覗く小物が品を決め、手渡す瞬間の佇まいが人柄を映す。ビジネスでは名刺入れやペンケース、慶事には小物入れや巾着、弔事には黒の小紋が程よい。性別や年齢を問わず選びやすいこと、長く使えて育つこと、修理で延命できること——贈答の条件を満たしながら、持ち主の所作を少しだけ美しくする。「皇室ゆかり」「日本の伝統」「老舗ブランド」という文脈での検索意図にも適合する、静かな説得力をもつ工芸品である。

出典:印傳屋
手入れと余韻——革の呼吸を聴く暮らしへ。
印伝は難しい手入れを要しない。乾いた柔らかな布で表面の埃を払う、濡れたときは擦らず陰干しで乾かす、直射日光と高温多湿を避ける——それだけで十分に艶は育つ。漆面はアルコールや溶剤に弱いので、消毒液が付いた手で触れたときはすぐ乾拭きする。使い始めは漆の香がかすかに残るが、程なく落ち着き、手の油分と空気で色艶が馴染む。育つ速度は使い手の生活に比例するから、毎日触れて所作に組み込むのが最良のメンテナンスだ。満員電車の朝、会食の夜、旅先の宿——小さな革が一日の節々を静かに整え、帰宅して机に置く瞬間にほんの少し気持ちを戻す。印傳屋の品は、暮らしの呼吸に寄り添う「余韻の道具」。日本の伝統を、いまの時間の中でそっと使いこなす歓びを教えてくれる。

出典:印傳屋


