坂角総本舖「ゆかり」

坂角総本舖「ゆかり」 お菓子
出典:坂角総本舖

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海老の上品、そのまま一枚。

金シャチの街の定番として知られる、坂角総本舖「ゆかり」。海老の旨味を凝縮し、香り高く焼き締めた一枚は、口に含むとまず潮の香りがすっと立ち上がり、そのあとから控えめな塩味が甘みを引き出してくれます。噛み進めるうちに、海老の身の密度が舌の上に幾重にも重なっていき、「薄いのに濃い」という不思議な感覚が残ります。

砕ける音は、どこか晴れやか。皇室ゆかりの場に通じる節度、日本の伝統が好む清潔な味わい、老舗ブランドが守り続けるきちんとした仕事ぶり。そのすべてが、贈る人と受け取る人の心を同時に整えてくれるように思います。名古屋から全国へ、そして海外の食卓へと広がったこの一枚は、日常の茶の間をそっと格上げしてくれる存在です。素材を足さず引かず、海老の透明な旨味と焼きの陰影を大切にしてきた姿勢こそが、世代を超えて選ばれ続ける理由なのです。


浜のおやつが、殿様の菓子になるまで。

「ゆかり」の物語をさかのぼると、江戸時代の浜辺の風景にたどり着きます。1666年(寛文6年)、尾張藩主・徳川光友が、濃尾平野を見下ろすようにして知多の横須賀(現在の愛知県東海市)に御殿を構えました。漁師たちは、その日に揚がった海老をすり身にし、浜であぶり焼きにして食べていました。この素朴な食べ物が「えびはんぺい」と呼ばれ、藩主・徳川光友が「極上の美味」と称えたと伝わります。殿様が潮の匂いに誘われて浜へ降りていく――そんな姿を思い浮かべると、「ゆかり」の原点がそこに見えてくるようです。

「えびはんぺい」はやがて徳川家への献上品となり、海老の紅と香りは、めでたいものの象徴として尾張に深く根づきます。祝いの席には紅白の餅と並んで、海老を使った料理が用意されました。漁師のおやつだったものが、城の奥座敷に上がっていく。この上下の行き来こそ、のちに名古屋の「上品な手土産」を生み出す土壌になっていったのかもしれません。

時は流れて明治。1889年(明治22年)、坂 角次郎(ばん かくじろう)が横須賀で「坂角総本舖」を創業し、「えびはんぺい」に工夫を重ねて、新しい「生せんべい」を完成させました。炭火でじっくり焼き上げるこの生せんべいは、しょうゆをつけて火鉢であぶりながら食べるもので、いまの「ゆかり」と比べるとかなり素朴な姿。ただ、「海老の香りを焼きで際立たせたい」という発想は、この時点ですでに芽生えていたようです。

同じころ、東海道本線が伸びていき、名古屋は人と物が行き交う交通の結び目になっていきます。濃尾の海で揚がった海老は、市場を通じて城下の人々の口に入り、やがて土産物として他の土地にも運ばれるようになりました。坂角は、厳しい目で海老の大きさや色、殻の香りの立ち方を見極めながら、海老の味を引き立てる生地づくりに取り組みます。こうして、海老と小麦、生地と火のあいだに、微妙なバランス感覚が育っていきました。

昭和に入ると、二代目の坂 鐐三が海老せんべいの機械焼きを始めます。機械という言葉から冷たい印象を受けるかもしれませんが、当時の機械は職人の手を補う「相棒」のような存在でした。焼きむらを減らしつつ、最後の焼き上がりを決めるのは、やはり人の目と耳です。戦時中には砂糖や小麦粉の統制で思うように作れない時期もありましたが、1945年(昭和20年)には天皇・皇后両陛下への献上、1952年(昭和27年)には三笠宮殿下への献上が実現。浜の素朴なおやつが、時を経て、ついに宮中へ。「ゆかり」の”晴れの顔つき”が、形づくられていきました。

1953年(昭和28年)には合資会社坂角総本舖となり、1955年(昭和30年)には新しい焼成機の開発によって量産体制が整います。名古屋だけでなく、東京や大阪の百貨店でも安定して扱えるようになりました。そして、尾張藩主・徳川光友が横須賀に御殿を構えて三百年後の1966年(昭和41年)、「ゆかり」という名前が与えられます。ご縁、ゆかり、えにし――江戸から明治、昭和を通じて続いてきた人と海とのつながりにふさわしい名が、このとき正式に菓子の顔になったのです。

1970年代には工場のオートメーション化が進み、「ゆかり」の連続焼成が始まります。1980年代には工場と商品がそろって厚生大臣賞を受賞し、「安全でおいしい」という評価が証明されていきました。浜辺の「えびはんぺい」から、殿様の献上品を経て、百貨店の贈答菓子へ。そしていまでは、インターネットを通じて世界中に届けられています。一枚の薄いせんべいの向こう側に、三百五十年以上の時間が静かに折りたたまれていると考えると、「ゆかり」を手に取る楽しみも少し増してくるのではないでしょうか。

坂角総本舖「ゆかり」

火と海老と生地が、台所会議をしたような一枚です。

「ゆかり」を一枚手にしてみると、そのずっしり感に少し驚きます。口に入れると、その歯応えから放たれる味わいはぐっと濃く、海老の風味が鼻から抜けていく。この至福の味わいを支えているのが、生地のほとんどを占める海老の粉です。殻ごと細かく砕いた海老を、生地のすみずみにまで行き渡らせながら、繊維の気配はあえて残してある。そのため、噛みしめるごとに海老の甘みと香りが少しずつ解けていくのです。

焼きの工程では、火加減が二段構えとなっています。最初の立ち上がりで海老の香りの鍵を握る揮発成分を押さえ、後半で色と水分を細かく整えます。工場では温度や時間が数字で管理されていますが、最後の仕上がりを決めるのは、やはり職人の耳と鼻。最初のひとかみで軽い破片の音が立ち、そのあとに少し密度のあるサクッという感触が続くように、整えられています。塩加減はあくまで控えめで、余韻の輪郭を結ぶ役目にとどまります。

表面の細かな凹凸は、見た目に陰影をつくるだけでなく、油に頼らない自然な艶も生み出しています。缶を開けた瞬間に香りが最もよく立ち上がるよう、個包装や充填の仕組みも工夫されています。こうして、海老と生地と火の三つが、まるで台所で会議をしたかのように折り合いをつけ、一枚の中に静かにまとまっているのが、「ゆかり」なのです。


どこへ持っていっても、「ちょうどいい顔」。

老舗の手土産に求められる条件は、味の良さだけではありません。箱の大きさと厚みが持ち運びやすいこと、角が潰れにくいこと、紙の白さや印刷の光沢が過度に主張しないこと。会社で分けやすい個包装であることや、日持ちやアレルゲン表示がわかりやすいことも大切です。「ゆかり」は、そうした条件を静かに満たしながら、缶や箱のたたずまいに”城下町の端正さ”のような雰囲気をまとっているように見えます。

結婚や出産の内祝い、昇進や転居の挨拶、取引先への季節の贈り物、帰省の折の小さな手土産。場面が変わっても、「ゆかり」の箱は浮きません。開封するときのわずかな高揚と、一枚目を口に運んだときの凛とした香りが、その場の空気をほんの少しだけ上澄みにしてくれます。華やかさに走り過ぎず、かといって侘びには傾き過ぎない。この中庸の感覚が、皇室ゆかりの式次第にも通じる穏やかな品格を形づくっているのだと思います。


変えない味のために、変えているところがあります。

正統な味わいを守り続けるためには、「変えないこと」と同じくらい「変えていくこと」も必要です。どの季節、どの工場でも同じ「ゆかり」が焼き上がるように、原料の来歴や規格を明確にし、微生物や水分活性の管理を徹底し、焼成後の色や厚み、割れ方をロットごとに記録し、再現性を高めていく。こうした積み重ねが、海老せんべいという一見素朴な菓子の奥に、静かな信頼感を生んでいるのです。

坂角総本舖「ゆかり」


いつもの茶の間に、ひと口ぶんの「晴れ」を。

「ゆかり」は、お祭りの主役になるような派手な菓子ではありません。それでも、日常の食卓や仕事場に、小さな晴れ間を連れてきてくれる。会議の合間の湯呑みのそばに、家族の団らんの盆に、久しぶりの再会にそっと添える手土産に。一枚がほどける音と香りが、その場の会話をやわらかく整えてくれるのです。

海の産物と城下の礼が結び合い、江戸から明治、昭和、そして令和へと磨かれてきた「上品の濃度」は、いまも変わらず一枚の中に凝縮されています。皇室ゆかりの節度、日本の伝統が愛する清潔感、老舗ブランドの誠実さ。その三つを携えた坂角総本舖「ゆかり」は、これからも贈る人と受け取る人のあいだをつなぐ“海の名刺”として、静かに信頼を積み重ねていくのではないでしょうか。


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