缶を開けた瞬間に広がる、雅の小宇宙。
菊廼舎(きくのや)の「冨貴寄(ふきよせ)」を前にすると、誰もが一瞬、言葉を失う。色とりどりの干菓子、落雁、金平糖、煎餅、豆菓子――日本の季節と祝意が、一つの缶の中に詰め込まれている。見た目の華やかさだけでなく、口にしたときの軽やかさ、素材の誠実な甘み、そして余韻に残る品のよさ。冨貴寄は「贈り物」という行為を文化に変えた和菓子であり、東京・銀座の格式を象徴する老舗の結晶である。皇室ゆかりの御用達として知られ、晴れの日の贈答から日常の心づけまで、日本人の美意識を静かに伝えてきた。
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出典:菊廼舎
江戸の粋を銀座に映して――和菓子が“芸術”になった瞬間。
菊廼舎の創業は明治二十三年。文明開化の息吹が東京を包み、銀座には煉瓦街が並び始めた時代である。創業者・伊東嘉兵衛は、武蔵の菓子職人として培った技と美意識を携え、江戸の菓子文化を次の時代へとつなぐことを志した。当時、銀座は西洋化の象徴でありながら、江戸の“粋”を知る人々が集う場所でもあった。伊東はそこで、武家文化に根ざした格式と町人文化の洒落を融合させた新しい菓子づくりを始める。素材は全国から選び抜かれ、砂糖や豆、米粉はその日の湿度や気温に応じて配合を微調整。焼き、蒸し、干し――それぞれの技法を用いながら、甘さを競うのではなく“姿と余韻”を整えることを旨とした。そして誕生したのが「冨貴寄」である。名の由来は、富と貴を寄せ集め、幸福を願う意から。缶の中には、松竹梅や鶴亀、梅や桜、七宝など、吉祥文様をかたどった菓子が詰まっている。まるで日本画のように配置されたその世界は、ひとつの菓子を超えて「季節を贈る芸術品」として完成していた。明治天皇に献上されたことでその名は広まり、のちに皇室行事や外国使節の贈答にも用いられるようになる。戦中・戦後の混乱期にも、菊廼舎は看板を絶やさなかった。砂糖や小麦の統制が厳しい中、わずかな材料で工夫を重ね、祝いの席に欠かせぬ菓子を供し続けた。昭和期に入ると、百貨店文化の隆盛とともに“贈答の美”が再び注目を浴び、冨貴寄は格式とモダンの象徴として脚光を浴びる。昭和天皇や皇太后への献上、茶会や外交の手土産、さらには映画や雑誌の特集で「銀座の顔」として紹介され、老舗の地位を不動のものとした。令和のいま、四代目が守るのは単なる伝統ではない。型や色彩は時代に合わせて更新され、桜や紅葉、雪輪など、四季のテーマに合わせた限定缶も生まれた。老舗のまま革新を止めない姿勢が、菊廼舎を“今の銀座”に生かしている。冨貴寄の缶を開けるとき、そこには百年以上の日本文化が密やかに息づいているのである。
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出典:菊廼舎

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冨貴寄という“小さな宇宙”――味と形が語る日本の四季。
冨貴寄の缶を覗くと、まるで縮景の庭を眺めるような静けさがある。春には桜、夏には金魚、秋には紅葉、冬には雪輪。季節ごとに意匠を変える干菓子たちは、素材も香りも異なりながら、全体として調和を奏でる。甘さは控えめで、口溶けの中にわずかな塩気が走るのは、和三盆と米菓、豆菓子が共存しているからだ。単なる「詰め合わせ」ではなく、「ひとつの四季」を食べ進める構成になっており、手に取る順番で味覚の風景が変化する。これが、冨貴寄が長く愛される理由の一つである。
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贈るという文化を、形にする。
冨貴寄の真価は、贈った瞬間に現れる。蓋を開ける所作、現れる色彩、ほのかな香り――それらすべてが“贈る人の心”を代弁する。結婚、出産、昇進、季節の挨拶、茶会、弔事。どんな場面でも過剰にならず、受け取る人の生活に溶け込む控えめな華やかさがある。菊廼舎は「言葉にできない気持ちを、味と形で伝える」ことを理念に掲げ、包装紙や缶のデザインにも徹底して品格を宿す。贈答とは一方的な行為ではなく、人と人の間に流れる“間”を整えるもの――その信念が、冨貴寄の一粒一粒に息づいている。
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出典:菊廼舎
皇室に通じる節度、銀座に通じる洒脱。
菊廼舎の菓子は、派手ではなく、どこまでも静かである。皇室の御用達としての誇りは、華美に現れるものではなく、“控える美”として現れる。色彩はあくまで淡く、甘みは深く、香りは余韻を残す程度。素材と意匠が調和し、口に含むと消えていく刹那の美――それはまるで茶道や香道のような精神性を宿す。銀座の街に根ざす洗練と、皇室に通じる節度。その両立こそが、冨貴寄の存在理由である。
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出典:菊廼舎

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和菓子という芸術を、未来へ。
菊廼舎が目指すのは、懐古ではなく継承である。現代の感性に合わせてパッケージはモダンに、味はより繊細に調整されている。外国人観光客の土産としても人気を集めるいま、冨貴寄は「日本文化を味わう入口」として新たな役割を担う。子どもが初めて手に取っても、大人が茶席で口にしても、誰もが“美しい”と感じる普遍性。それが、百年を超えて変わらぬ菊廼舎の信念だ。日本人が培ってきた礼と季節感、そして贈る心を未来へ――冨貴寄は、甘さの中にその願いをそっと閉じ込めている。
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出典:菊廼舎


